12年8月

12/08/22 引接寺万灯供養

「いんじょうじ」と読むそうだ。湖東三山百済寺の近くにあるのは知っていたが、このような行事が催されることは知らなかった。

今回、写友の國さんからお誘いがあり、最近写真が撮れていないので、飛びついた。

 

供養行事が始まる前に道路脇に吊り下げられていた提灯を撮影。カエデをシルエットに背景の提灯をぼかして入れた。

國さんはかなり粘っていたが、どのようなショットを撮ったのだろうか。國さんの感性にはいつも感服するので、いつか見せてもらうのが楽しみだ。

山道を自転車で登ってくる少年を見かけ、大きさを考慮してシルエットが浮かぶよう陰に入る直前を狙ってギリギリのタイミングで撮った。

供養は、護摩焚きで始まった。最初は白い煙がもうもうと高く延びていたが、次第に赤く燃えだした。主役と思われるお坊さんが祈りながら護摩を投げ入れる瞬間を狙った。

色温度は太陽光のまま撮影し、現像時も赤みを活かすためそのままで、お坊さんだけ少し赤みを減らしてみた。

ご近所の方々だろうか、ローソクに次々と点火していく。カメラ感度が1600と低くいので、そこそこローソクの光で周りが明るくなってからの撮影となった。

それでも三脚を使ってスローシャッターでの撮影となり、人物撮影ではブレとノイズが多かった。それ以前に構図やフレーミング、タイミングに難があるのだが・・・・。

若いおかあさんが子どもに手を添えて点灯する瞬間を狙った。ほほえましい状況に惹かれた。この子は去年も体験したのだろうか、それとも今回が初めてか。大きくなってもいつまでも先祖の供養に手と心を合わせる気持を失わないでほしい。

ローソクの点灯が行き渡ると、幻想的な風景が現れる。ローソクに照らされる石仏を俯瞰して画面いっぱいにしたものも幻想的だが、この写真のように少し明るさが映えた木立も入れて撮ると山手のお寺の感じがでた気がする。もっとも上を切り詰めて中央下部をもっと広く入れた方がよかったと思う。

メインのニコンD200も買ってからもう6年半を過ぎた。こういう撮影となると無性に最新型の高感度カメラが欲しくなる。一般的には新しいデジカメに買い換えるには遅いくらいだろう。そろそろと思う一方、それで撮る写真のレベルが変わるの?と自問自答する日々だ。

12/08/03 蓮池

やっと50日ぶりにデジ一眼を持って、早朝の烏丸半島蓮池撮影に。長いことカメラから離れていたものだ。朝が弱いので、近くに住みながらなかなか訪れることがなかった。

鮮やかな朝焼けではなくほんの少し色づいただけであり、蓮池全体の撮影はあきらめた。

主役以外の花は離れている場所を見つけて、周囲はぼかした構図とした。

蓮を観賞しながら離している夫婦を後ろから撮影させてもらった。もう少しワイドで二人だけの世界を狙ったが、今が盛りの蓮池、他の見学者もぶらついており、その空間は取れなかった。

しつけのいい犬を連れたご婦人。撮影の合間もご主人様の言いつけ通りピタッと止まっていた。でもお互いの興味は別々と言わんばかりに犬は反対方向を見つめていた。

いい形の花が見つからない。よく開いている花は一番外(下?)の花びらが広がりすぎてあまりいい恰好ではない。

その部分を手前の葉っぱで隠して、花の影と合わせて撮ってみたが、左側の葉っぱの影が邪魔をする。

明るい葉っぱに花だけの影を映しているものは探せなかった。

同じく影の写真だが、萼の影がクッキリと映っていた。もう少し実体の萼が見えていた方がよかったかな?もう少し時刻が後なら、影の位置も変わっていただろうが、粘りが足りない。

帰り道、志那中の蓮田に立ち寄る。ここの開いた蓮の形は蓮池よりいいと思えた。蜜を求めてホバリングする蜂をその影と対で捉えてみた。

残念ながら蜂が後ろ向きなのが残念だ。

早朝ロードバイクポタリングも始めた。また子ども会のラジオ体操にも顔を出さなくてはならない。なかなか撮影に本腰が入らないが、もう一回ぐらいは蓮池に来たいものだ。